監査業務担当の手崎です。

実語教のお話の前に・・。
私のお客様で論語のお勉強をされ、先生をしてる方がいらっしゃいます。無知な私は「論語って何?」って位さっぱりわからずな状態で・・。
 
その方は大阪で教えていらっしゃるのですが、興味があったので「私も勉強してみよう!」と神戸の方でかれこれ1年前から勉強会「論語普及会」に参加しています。
 
今回は、大阪の100回記念研修に飛び入り参加させていただいた時に素読した「実語教」のお話を少しさせていただきます。
 
実語教は、平安時代から明治の初期まで読み継がれてきた日本人の価値観に深く関わっているとされる教訓書です。江戸時代には寺子屋で教科書として用いられていたそうです。
 
ホントに良いことばかり書いてあるのですが、少しだけ紹介したいと思います。
 
「山高きが故に貴からず」「樹有るを以って貴しとす」

山はただ高いからと言って立派なわけではありません。樹がしっかり育っている山が立派な山です。人もお金持ちになったからと言って立派なわけではありません。「知恵」のある人が立派な人です。

実語教でいう「知恵」とは今の知識・学問とは異なり、自分を見つめて、自身を知り、また世の中の真実を見出し、自分も人も幸せになるために正しく判断できる能力(生き方)を言います。
 
「玉磨かざれば光無し。光無きを石瓦とす」「人学ばざれば智無し。智無きを愚人とす」

宝石も石のままでは光り輝きません。光り輝かなければ石や瓦と同じです。人も学ばなければ「知恵」を持つことができません。「知恵」を持っていない人は「愚かな人」といいます。

自分が「愚かな人」と気付かず「賢い」と思っている人こそ、本当に「愚かな人」です。
 
「兄弟常に合わず。慈悲を兄弟とす」

仲の良い兄弟でさえ、自分さえよければ良いという利己的な心が強いと仲が悪くなってしまいます。

「慈悲」という思いやりの心を常に持つことで、あなたの中に誰もが兄弟姉妹と思える世界が心に感じられます。

 

「君子は智者を愛し、小人は福人を愛す」

「君子」と言われる「慈悲」の心の強い人は、「知恵」を持つ賢い人を好み、「小人」という逆に利己心の強い人は、お金持ちを好みます。

 
「他人の愁いを見ては、即ち自ら共に患うべし」「他人の喜びを聞いては、即ち自らを共に悦ぶべし」

思うようにならず苦しむ人を見たら、共に悲しみの情を持ちなさい。
幸せに他人が喜ぶのを聞いたら妬んだりせず自分も一緒に喜びなさい。

 
全部紹介しきれないので、この辺りにしておきます。
私は論語を勉強して、やっぱりまだまだ一人で読めませんし、解説を聞かないとさっぱりわかりませんが、論語にしても、実語教にしても「人として大切にしないといけない心」のようなものを、改めて学んだ気がします。当たり前なようで、なかなかできない人への思いやり、正しいことの判断ができる人へ道しるべのようなこの実語教。一人でも多くの人に知ってほしいな、と思います。
 
今回ご紹介したものは私目線で書いたものなので、また違った人が読むと違う感じ方もあると思います。機会があれば是非読んでみてくださいね。

  
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