一年ぶりのご無沙汰です。所長代理の光島久雄です。

いよいよ、新しい年がスタートしました。

年末年始の休みは比較的長かったこともあり、読書でもしてみようかと本棚を整理していると、私たちはなぜ税金を納めるのか-租税の経済思想史という本が出てきました。

昨年の夏ごろ、涼を得るために入った本屋さんで見つけたのですが、折りしも、日本政府が消費税を5%から8%にするかどうかを慎重(?)に判断している時期でもあったので、ちょっと読んでみるか?くらいの気持ちで買った本だったと思います。

 

この本では、17世紀のイギリスの市民革命からスタートし、近代国家の租税の意味や役割が考察されています。すごく大雑把に、印象に残ったところを書いてみますと

・ 国家が、王から市民のものとなる近代化の始まりは租税であり、市民が
  獲得した権利であった

・ 戦費(市民を守るため)の調達は、租税徴収の大きな役割であった

・ 課税の公平を達成するために、いろいろなアイデアが試され、現在でも
  試行錯誤は続いている

・ 評価しやすい「物」に注目して課税する方式(固定資産税や、一昔前の
  物品税のようなもの)は、古くから導入されていた


・ 「物」でなく「人」に注目する所得税。これが公平な税金のひとつである
  ことは、古くから知られていたが、課税技術がある程度のレベルに達して
  初めて機能するので、何度も導入・廃止が繰り返されていた

・ 租税は、社会に対して影響を与えないほうが良いとされてきたが、やがて、
  国家が社会をコントロールするためのひとつの手段として、租税を利用
  してきた

・ 日本では、このような紆余曲折を経験してきた欧米の経験を輸入し導入して
  いるので、租税制度に関する市民の関心が薄い

等々・・・

 

世界史が苦手だった私にとっては、「はーーー、なるほど、そうだったのか!!!」の連続でした。

税務関係の仕事に就いて17年。どうしたら適正な税額(よくいう、多すぎず少なすぎず)になるのかは、普段から意識しているのですが、「なぜ税金を納めるのか?」という本質的なことを考えることは、ほとんどありませんでした。


 
税金などというものは、国家が社会や市民をコントロールするために課税している印象が強かったので、何か始めから与えられた試練のようなものだと考えがちだったのですが、租税を通じて国家に関与することができることに、あらためて新年早々感動しました。


「-租税とは、国家が私たち市民に提供する生命と財産の保護、

このふたつの便益への対価である」

(私たちはなぜ税金を納めるのか-租税の経済思想史 P26より)

 

生命の保護には、福祉も含まれます。消費税の増税は、福祉のためと言われています。

私たち市民は、国家が、このふたつの便益を提供してくれる限りにおいて、自らの私有財産の一部を「対価」として提供することによって納税の義務を果たしています。

税理士には、この大切自らの私有財産の一部である「対価」の額(つまり税額)を決定する権限が与えられています。

「国家に対しては少なすぎず、納税者に対しては多すぎず」 をモットーに

今年も努力していこうと誓ったお正月でした。

皆様 今年もよろしくお願いいたします!

  
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