監査業務担当の加藤です。

レイモンド・チャンドラー作「The Long Good-Bye」。
私立探偵フィリップ・マーロウを主人公にしたハードボイルド小説シリーズのうちの一作。全七作品ある中でも傑作としての誉れも高く、今なお多くの人に読み継がれる(再読される)作品でもあります。
 
邦訳では清水俊二氏訳によるタイトル「長いお別れ」で親しまれていた小説ですが、村上春樹訳の新訳版「ロング・グッドバイ」の登場によって、新約版と旧約版との比較がなされ、さらにその名が知れ渡ることとなりました。
 
タイトルの和訳の違いだけで、小説の印象がずいぶんと変わってしまうのですが、訳者の微妙なニュアンスが作品の色に影響してくるところも翻訳作品の魅力でもあります。
 
私も、当然ながらこの「The Long Good-Bye」に関しては旧訳版と新訳版の両方を持っていて、しかも、原文と訳文との対比を楽しむために、ペーパーバックまで買い込んでしまうほど。少しでも気になる箇所があれば英文と訳文、新訳版と旧約版を比較する。僕の枕元には、まるで座右の銘でもあるかのように、3冊の「The Long Good-Bye」が積まれているのです。
 
就寝前にパラパラッとページをめくる。付箋を貼り付けたページを開くと、そこには、古のロサンジェルスの町並みが広がっている。華やかなんかでは決してない。背信と血なまぐさい悪臭漂う退廃的なロスの町。
金と政治という複雑な時代背景を持つ世界観の中で、警察にすら服従しようとしない孤高の私立探偵がいる。
 
タフで腕っ節も強い非情な男だが、女性や弱い者に対して非情になりきれないやさしさを持ち合わせている男。彼こそが、我が心の英雄・フィリップ・マーロウ。そのやさしさゆえに、罠にハマったり、貶められたりもするが、そのやさしさこそが腐敗しきった世界の中での、残された希望だったりもする。
 
決して恩着せがましくなく、さりげないひとことや名言によって、フィリップ・マーロウのやさしさや非情さが紡ぎ出されていく。
 
何度読んでも味わい深い文章。心の中で読み砕いていくと、タフでやさしき非情な男、フィリップ・マーロウの生き様に、少しでも近づくことができるかもしれない、などという男の幻想を、いやがおうでもかきたててくれる。まさに、スタイリスト(名文家)の手による「名台詞の宝庫」なのである。
 
「ギムレットには、まだ早すぎる」「警官とさよならを言う方法はまだ発明されていない」など、有名な名台詞の数々。中でも最も印象に残るのがこのセリフ!

“To say goodbye is to die a little”

 

清水俊二訳の旧訳版では「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」と訳され、村上春樹訳の新訳版では「さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ」と訳されています。
 
どちらも英文のニュアンスを上手く捉えた名訳だとは思いますが、同じ訳でも、微妙に印象が変わってしまう。どちらの訳が好きかと聞かれれば、長らく旧訳版で慣れ親しんだファンは清水訳を推すし、新訳版は新訳版の良さがある。同じ小説ながらも、違った楽しみ方ができてしまうのも、名作ならではの醍醐味なのです。
 
もはやセリフが独り歩きしてしまっているほどの有名なセリフですが、チャンドラーの完全なる創作ではないようで、そのルーツがありました。
コール・ポーターが作曲した名曲「Everytime we say goodbye」の歌い出しの歌詞に。
 

Everytime we say goodbye,I die a little,
Everytime we say goodbye,I wonder why a little,

 

「人はさよならを言う時、少しだけ死ぬのです。
人がさよならを言う時、なぜ別れなければならないのかとふと思うのです」

 
チェット・ベイカー、エラ・フィッツジェラルド、ベティ・カーターなど、多くのアーティストたちがカヴァーしているこの歌も、歌い手によって印象は違えども、どこかメランコリックなけだるさが漂う曲調と歌詞が相まって、何とも言えない感傷的な気分にさせてくれるのです。
 
少しだけ死ぬほどの感傷的な「さよなら」を言う瞬間なんて、人生にそうそうあることではありません。平々凡々なサラリーマン生活を送っている僕には皆無と言っても過言ではない。
もしも、僕が「さよなら」を言う時があるとしたら、きっと「また、どこかで会えますよ」と照れ隠しに付け足してしまうことでしょう。
 
そう、また会う日まで、会える偶然があるとすれば、その間に過ぎ去りし時間の長さこそが、人を「少しだけ死」に至らしめる時間になるのでしょうね。
 
そんなセンチメンタルな世界とは程遠いのが現実です。僕が生きている世界は…。
 
監査業務第1課 加藤 智弘

  
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