「うちはメインバンクですから」と言うからには…。

中小企業金融円滑化法が期限切れをむかえる数ヶ月前、A社社長と財務担当K氏、そして、アシスタントとして同行を依頼された私の三人はX銀行を訪れていた。

しばらく使われてなかったであろう応接室。さほど日の差さないだだっ広い空間には、冬の寒さと相まって、しんしんと冷えた空気が滞留していた。大きな肘掛のついたソファーが二つ。部屋の真ん中に鎮座している。

返済条件の変更をお願いするのは、これが最後になるかもしれない。しかし、引き続き支援をお願いするためには、確固とした事業計画を作成する必要がある。そんな強い思いを込めて作成した事業計画書を携えてやってきたが、寒々とした空気と無駄に広い空間に、三人はどことなく落ち着きのなさを感じながら座していた。
 

 

しばらくするとお茶が運ばれ、その後にA社担当の行員が姿を現す。

「わざわざお越しいただかなくても、こちらから出向きましたのに」

おざなりな挨拶を交わす担当者に対して、三人が感じた違和感 ――。

これから打ち合わせをしようと言うのに、担当者は手ぶらで入室してきたのだ。

資料はこちらが準備した事業計画書を提出するからよいものの、メモすら用意していないとは・・・。

そんなことを感じていたところに、担当者の上司である支店長代理が入室してきた。

小脇に何やら抱え込んでいる。枕ほどの分厚さがあるかと思われるそのモノはA社のクレジットファイル。決算報告書や経営に関する情報など、貸出判断に際して必要な情報をまとめた書類だ。

 

「お待たせしました」

A社長の向かいに腰掛けた支店長代理が、分厚いクレジットファイルを膝の上に置く。普通なら担当者が持って来てしかるべき書類だ。なのに、それを上司が持ってくるという、何とも滑稽な図。

そして、そのファイルを自らの手で受け取ろうとすらしない担当者の姿勢に首をかしげる。

返済条件変更という企業側にとってはやや後ろめたい交渉。とはいえ、社長が作成した事業計画には社長の熱意がこもっているのだ。その説明をしようという段になっても、クールさを身にまとった担当者は表情ひとつ崩さなかった。

ローテーブル越しに対峙した両者の間に存在する温度差。

しかし、それを払拭するかのようにA社社長と財務担当K氏は、作成した事業計画や会社への思いについて語りはじめた。

手渡した事業計画に見入る支店長代理。時折、手元においたクレジットファイルを繰りながら、説明をじっくりと聞き続けている。合間にA社長へ質問を投げかけ、それに対する回答に深く頷く仕草をしてみせる。その一方で、担当者は、ひたすらだんまりを決め込んでいる。

 

「この計画なら実現できそうですね」

計画に対する一連の説明に納得した支店長代理が言った。

その言葉に反応したA社長は、

「できそう、ではなくて、今、できることを書いていますから!」

と、強く断言する。その説得力ある言葉に気圧されたのか、支店長代理はしばし沈黙する。

そして、沈黙をついて出た言葉がこれだった。

 

「うちは、御社のメインバンクですから」

何でも協力いたします、というぐらいの意気込みなのか。それとも、メインバンクであるという自負から出た言葉なのか。隣に座っている担当者も上司から同意を求められ、その言葉にどことなくぎこちなさを感じながら頷いてる。

しかし、その頷きの前で、さらにぎこちなさを感じていたのは、A社長自身ではなかったのだろうか。

 

寄らば大樹の影離れ。借り手側の意識変革がはじまっている。

何をもってメインバンクとするのか?

残高シェアはもちろん、取引の長さや親密度。
あるいは、債権の保全状況等々、その定義は様々である。

A社の事例の場合、残高のシェアや取引の長さから見れば、X銀行はまぎれもないメインバンクだ。

しかし、本当にそういう定義づけでよいのだろうか?

メインバンクだと自負するX銀行側。
しかし、その担当者の姿勢はというと、自分が担当する企業に全く目が向いていない。

担当者の資質、といってしまえばそれまでだが、銀行という看板を背負っている担当者が、その企業に目を向けないで、何ができるのか。

それから約一年後、当時感じていた違和感に、一つの答えが見えてきたのだった。(つづく)

監査一部門 : 加 藤

  
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