Goal
17年間、邦訳されなかった、いわくつきの本

金融系のドラマや小説などの創作作品には、よく町工場が登場します。中小零細企業といえば町工場。もはや代名詞的のような存在になっていたりもします。

その町の社長さんが金策に走る場面から始まり、金融機関から相手にされなくて、いよいよ工場閉鎖か、というところで…。とお決まりのパターン。

しかし、工場そのもの、あるいは、生産現場そのものにスポットをあてた創作作品には、あまりお目にかかることはありません。
そんな中、生産管理の現場にスポットをあてたお話がありました。それが、今回紹介する「ザ・ゴール(コミック版)」です。

 

小説版は1984年にアメリカで発表されました。イスラエルの物理学者であり世界的な経営コンサルタントでもあるエリヤフ・ゴールドラットが書いた本書は、1,000万人もの読者が存在するほどの世界的ベストセラー。また、本書が提唱するTOC(制約条件理論)による全体最適化の手法によって、アメリカの製造業界が競争力を取り戻したと言われる程の伝説の書でもあります。
さらに、この『伝説の書』は、日本での翻訳が17年間禁じられていたという、いわくつきの書物でもあります。2001年に、ようやく日本でも初版が刊行されたのですが、2014年現在でも49刷を重ねるロングセラーとなっています。

 

そして、昨年末に、そのエッセンシャル版であるコミックが刊行となったわけです。

さて、日本での翻訳が禁じられていた理由は、後にするとして。

 

日本が舞台のコミック版

 

長引く不採算を理由に、本社から突如、工場閉鎖を言い渡された主人公。3ヶ月以内に業績を改善し、結果を出さなければ、多くの職員が路頭に迷う。自分自身にも降りかかる失職の危機。

工場長としての責任を果たすべく、社員とともに一丸となって本社からの無理難題に取り組もうとしますが、何せ時間がない。おまけに仕事人間の主人公は、家庭を省みなかった代償として、妻から三行半を突きつけられる寸前。

そんな折、主人公は学生時代の恩師に再会する。おそらく、この恩師のモデルは作者自身なのでしょう。物理学者でありコンサルタントでもある恩師に、工場の窮状を訴える主人公。そして、恩師はこう言うのです。

 

「君の工場は、非常に非効率なはずだ!」

 

人が足りていない訳ではない。最新の機械としてロボットも投入している。充実した設備と本社命題である業務効率化の推進によって、作業効率も改善している。生産コストも下がっている。

なのに、何故、非効率なのか。赤字になるのか。

 

その答えを導き出すヒントは、恩師の言葉の中にあったのです。

 

全体最適化を目指すTOC理論とは?

 

本書最大のテーマであるTOC理論(Theory Of Constraints)=制約条件理論とは、生産ライン上の工程間や他部門とのつながりに連続性や依存性がある時、そこに人や機械、組織間の処理能力にバラツキがあれば、どこかに相対的な弱い部分が発生する。それを、ボトルネック(制約条件)と呼び、そのボトルネックを発見し、効率を最大化させながら他の非ボトルネックとの同期化を図り、生産管理における全体最適化を目指すという理論です。

 

つまり、瓶の首のように細くて流れが良くない箇所を探し続けることが、生産管理における命題とも言えるのです。読み進めるうちに、その理論に対する理解が深まっていくというしくみ。しかも、小説本編からエッセンスだけを抜き出したコミック版なので、サクサクと読めてしまうのです。

 

さて、本書に出てくるこの理論を読み解く上で、もうひとつ重要なモノが出てきます。工場内の設備、人、モノなど、生産に関わるあらゆるモノをお金に換えるキャッシュフロー的な思考です。

 

いくら生産コストが下がろうが、業務の効率の数字が改善されようが、生産したものがお金に変わらなければ、つまり、キャッシュインがなければ、ただ、モノを作るためだけに動いている「作業」にしか過ぎない。

 

作ったモノが売れて、会社はいくら儲かったのか。

投資したお金に対していくら儲かったのか。

現場の人の行動が、キャッシュフローにどのような影響を及ぼすのか。

 

これらの経営や財務的な指標は、生産活動に従事する人々にとっては直接目にすることがない数字だから、さほど重要な意味を成さないかもしれません。しかし、これらの数値と生産活動との間には強い結びつきがあるということに着目し、それを現場の人間に如何にわかりやすく端的に伝えるか、という工夫をすることこそ、全体最適化の近道であることは間違いないようです。

 

生産の現場のお話でありながら、実はお金の話でもある。

金融機関にお金を借りるのも資金繰りであれば、実は、内部から改善を行っていくことによって、キャッシュインを増やすというのも、一つの資金繰りなのかもしれません。

 

四半世紀たっても色褪せないこのストーリー

 

さて、なぜ日本では17年もの間、この本の翻訳が禁じられていたのか。

それは、発表当時の日本企業の競争力にあります。1984年当時、日本の競争力は世界を席巻していました。そんな突出した技術力を持つ日本に、このTOC理論=制約条件理論を実践されたらどうなるか。日本の競争力はますます増加し、貿易不均衡が更に進み、世界経済が崩壊すると考えられていたからだそうです。

 

それが実証されることはないのですが、もし、当時の日本で「ザ・ゴール」が刊行されていたら、今頃、日本はどんな国になっていただろう。

いや、もしかしたら、何にも変わっていなかもしれませんが。

それも、これも、四半世紀前の話。

 
 

監査業務第1課 加藤 智弘

  
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