「半沢直樹みたいな銀行員。探してきて下さいよ」

月次監査訪問時に、クライアントから奇妙な依頼(?)を受けました。

「いや、社長。あんな超人みたいな銀行員、いませんから」
と答える私。

ここ数カ月、この人の名前を聞かない日はありませんでした。

あのドラマを見て、過去に銀行から受けた酷い仕打ちや苦い経験を思い出してしまい、悔恨の念がふつふつと沸いてきたという方も少なからずいらっしゃるようです。

それだけ、リアリティがあったということでしょうか。
その半面、「あんな事はあり得ない」と豪語する人もいます。

「分類するわよ!」

ラブリンこと片岡愛之助さん演じる金融庁のエリート・黒崎主任検査官のあのセリフが聞けなくなるのも、いささか寂しいような気もしますが。

さて、今回は、その「債権の分類」のお話です。

 

自己査定と金融検査マニュアル

銀行には自己査定というシステムがあます。

自行の貸付金(債権)を、貸出先の信用状況や担保などの保全状況に応じてリスク査定し、そのリスク度合いに応じて債権を分類する。この分類作業を「自己査定」と言います。

債権が分類されると、銀行はその区分に応じて「引当金」を積まなければいけません。「引当金」とは、将来起こり得るであろうデフォルトリスクに備えて、あらかじめ貸倒損失の全部、または、一部を計上しておくというものです。

さて、この分類。どのような基準で行われているのかというと、金融庁が策定している「金融検査マニュアル」に拠っています。よく、審査基準の手引書と勘違いをされるのですが、そうではありません。

「金融検査マニュアル」とは、金融庁や各財務局の検査官が銀行などを検査する際に、その指針となる項目を明記した手引書のことです。債権の分類や引当金の計上基準から経営意思決定に関することなど、銀行運営全般にわたる点検項目が網羅されたマニュアルです。

その「金融検査マニュアル」を踏まえて、銀行は自行独自の「自己査定」ルールを自主的に作成しているのです。

では、この自己査定。具体的にどのように行われているのでしょうか。

 

信用格付と債務者区分、そして貸倒引当金

決算書など企業から預かった財務諸表を元に、まずは数字の情報による分析が行われます。これを「定量分析」と呼び、数字から導き出される信用力に応じて、1~10段階までの格付が行われます。

もちろん、数字だけでなく、経営者の資質や能力、企業の将来性なども格付する際に加点されます。この数字以外の人やモノなどの分析を「定性分析」と呼んでいます。

信用格付は、いわば銀行がつける“企業の成績評価”といってもよいでしょう。

分析とは言うものの、実は、決算書の数字を入れるだけで点数が出てしまうという、とても機械的な作業だったりもします。とても便利なシステムである反面、これによって、決算書を読み解くという作業を飛ばしてしまったがために、決算書が読めない銀行員もいると聞きます。

格付けの判定が出たところで、今度は段階に応じて以下の区分に分別されます。
 

破 綻 先 法的・形式的な経営破綻の事実が発生している債権者
実質破綻先 法的・形式的な経営破綻の事実は発生していないものの、深刻な経営難の状態にあり、再建の見通しがない状況にあると認められるなど実質的に経営破綻に陥っている債務者
破綻懸念先 現状、経営破綻の状況にはないが、経営難の状態にあり、経営改善計画などの進捗状況が芳しくなく、今後、経営破綻に陥る可能性が大きいと認められる債務者
要注意先 金利減免・棚上げを行っているなど貸出条件に問題のある債務者、元本返済もしくは利息支払いが事実上延滞しているなど履行状況に問題がある債務者のほか、業況が低調ないしは不安定な債務者または財務内容に問題がある債務者など今後の管理に注意を要する債務者
(要 管 理 先)
要注意先のうち、3ヶ月以上延滞または貸出条件を緩和している債務者
( 債権の全部または一部が金融再生法に定める要管理債権である債務者 )
(要管理先以外) 要注意先のうち、要管理先以外の債務者
正 常 先 業績が良好であり、かつ、財務内容にも特段の問題がないと認められる債務者

 

ドラマの中で使われていた「実質破綻先」とは、この債務者区分のことです。

さて、債務者区分のうち、要管理先、破綻懸念先、実質破綻先、破綻先のことを「不良債権」と呼びます。

この債務者区分に応じて、銀行は貸出債権の額に応じた貸倒引当金を積み増しすることになります。

引当率は、以下の通り。

正常先……0%  要注意先……0~5% 要管理先……20~60% 破綻懸念先……60~100%

実質破綻先・破綻先……100%

破綻懸念先以下に分類されると、引当率は100%。巨額の融資先が分類されてしまうと、銀行の利益が数百億、数千億円単位で吹っ飛んでしまうこともあるのです。

 

債権の分類

ドラマの第二部では、融資先である“伊勢島ホテル”を「正常先」とした銀行側の自己査定に対して、金融庁黒崎検査官は「実質破綻先よ!」と、債務者区分を引き下げようとします。

その根拠を巡って、半沢直樹は、金融庁や銀行内部の人間と、丁々発止を繰り広げるわけですが、「実質破綻先」に分類されたからと言って、直ちに巨額の引当金が必要かというと、そうではありません。

債務者区分は、あくまでも企業の信用力のみによっての分類。そこに、担保や保証の保全状況は反映されていません。

そこで、担保や保証など債権の保全状況を勘案して、さらに分類していく作業が行われます。

保全状況の安全度に応じて、以下の4種類に分けられます。
 

定  義 内  容
非分類 回収の危険性または価値を損なう危険性について問題のない資産 ●「正常先」に対する債権

●「正常先」以外の債務者区分の債務者に対する債権のうち、預金担保などの有料担保・保証などで保全された部分

Ⅱ分類

債権確保上の諸条件が満足に満たされないため、あるいは、信用上疑義が存するなどの理由により、その回収について通常の度合いを超える危険を含むと認められる債権などの資産 ●「要注意先」に対する債権のうち、非分類以外の部分

●「破綻懸念先」「実質破綻先」「破綻先」に対する債権のうち、不動産担保などの一般担保・保証などで保全された部分

Ⅲ分類 最終の回収または価値について重大な懸念が存し、従って損失の発生の可能性が高いが、その損失額について合理的な推計が困難な資産 ●「破綻懸念先」に対する債権のうち、非・Ⅱ分類以外の部分

●「実質破綻先」「破綻先」に対する債権のうち、担保の評価額と処分可能見込額との差額部分

Ⅳ分類 回収不能または無価値と判定される資産 ●「実質破綻先」「破綻先」に対する債権のうち、非・Ⅱ・Ⅲ分類以外の部分

 

 
要するに、担保や保証の対象となっている資産や保証に問題があるかないかを分類するのです。

そして、先の債務者区分とこれら分類された資産の安全度に応じて、最終的な引当金計上額や、その処理方法が決まって行くわけです。

つまり、債権の保全状況によっては、不良債権以下に分類されても、巨額の引当金を積まなくてもよい可能性もあるということです。

そう考えると、半沢直樹が必死になって金融庁検査を乗り切ろうとしていた“伊勢島ホテル”の場合も、当然、担保や保証などの保全は充分にされていたはずですし、余剰資産もたくさん所有しているようなので、実質破綻先に分類されたとしても、銀行の利益の半分が吹っ飛んでしまうほどの引当金の積み増しの必要はなかったと推測されます。

熱き男たちの闘いの裏で、このような自己査定や債権分類という地味な作業が、コツコツと行われていることを想像してみて下さい。何だか、あのドラマで描かれる闘争劇が、とんでもなくファンタスティックに映りませんか。

ここは、リアリティのある“大人の金融経済ドラマ”というよりも、“大人の金融経済ファンタジー”に分類すべき、でしょうね。

 

【参考】金融庁のパンフレット 「知ってナットク!中小企業の資金調達に役立つ金融検査の知識」も、一読の価値有り!!  です。

監査一部門 : 加 藤

  
コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください


Copyright(c) 2024 FARM Consulting Group All Rights Reserved.