寄らば大樹の影離れ。借り手側の意識変革がはじまっている。

 

(承前)

 

晴れた日に傘を差し出し、雨の日に傘を取り上げる。business_icon_ca_033

しかし、X銀行の担当者は、傘すら差しに来なかった。

 

「試算表、取りにこないんですね」

 

X銀行への提出用として毎月作成している月次試算表。
積み上げられた数ヶ月分を前に、私は財務担当のK氏に尋ねた。

 

「先月も取りに来られませんでした」

 

K氏はため息混じりにそう答える。

 

メインバンクと明言したものの、現状のX銀行の対応を見ていると、メインバンクとしての使命感は微塵も感じられない。過度の期待はしないまでも、せめて会社の業績だけでも注視してほしい。ため息混じりのK氏の言葉に、わずかばかりの寂しさが感じられたのは、決して気のせいではないだろう。

 

2013年11月26日発表、帝国データバンクによる「全国メーンバンク調査」(2013年10月時点)によると、企業がメインバンクとして認識している金融機関のトップは三菱東京UFJ銀行で5年連続トップ。続く2位が三井住友銀行。3位がみずほ銀行と上位をメガバンク3行が占めている。

 

しかし、その一方で全国に占めるシェア(企業がメインバンクと認識する数)を見てみると、三菱東京UFJ銀行が前年7.29%に対して7.19%で▲0.1ポイント。三井住友銀行が前年5.62%に対して5.53%で▲0.09ポイント。みずほ銀行はみずほコーポレート銀行との経営統合によりシェアを伸ばしているが、年々減少傾向にある。

業態別に見ても、都市銀行全体のメインバンクのシェア数は年々減少しているのが現状だ。

アジアを中心とした海外業務へとシフトし、国内離れの側面を強める都銀。そして、そのシェアの受け皿となっているのが地銀という構図ができあがっている。しかし、それとて借り手不在の銀行側の事情。そんな外的要因とは別に、メインバンクと企業の関係性に影響を及ぼしている潜在的な要因がある。

 

それが、経営者の「メインバンク」離れである。

 

都銀・地銀・第二地銀・信金・信組。業態に限らず、経営者にとってメインバンクは対外的取引における重要な存在であった。しかし、いくら残高シェアを誇っていようが、取引が長かろうが「企業に目を向けない」「必要な時に、何も支援してくれない」「銀行側の都合ばかりを押し付けてくる」金融機関を「メインバンク」と呼んでもいいのか、と主張する経営者も最近では少なくない。メインと言うからには、借り手側の事情を理解した上での提案をしてほしい。それが経営者としての本音なのだ。

 

本当に傘を差し出してくれるのは誰か。

 

順風満帆とまではいかないまでも、A社の業績は作成した事業計画にほぼ近い数字で推移していた。
資金繰りの状況も安定してきていた。

 

そして・・・。A社社長は悩んでいた。
3ヶ月後に迫った返済条件変更の期日。引き続き条件変更をお願いするか、約定返済に戻すか。
中小企業金融円滑化法が終わっても、引き続き金融機関は返済条件変更には応じてくれると言うが・・・。
一年前の、あの寒々とした応接室の記憶が蘇ってきた。
そんな矢先に。

 

「今すぐ社長にお会いしたいのですが」

A社とは長年取引のあるY銀行から打診があった。
今すぐ、とは何事か。そのただならぬ様子を受けて、財務担当のK氏から私の元に連絡が入った。

 

Y銀行にもX銀行と同様、返済条件の変更をお願いしている。
だが、X銀行と違うのは、A社の業績を始終一貫してモニタリングをしているということだった。
私が月次監査に訪れるタイミングを見計らって、担当者は必ず毎月の月次試算表を取りにやって来る。時には、私が訪問してる時に鉢合わせることもあった。
Y銀行はA社の一年間の業績推移を手に取るように理解しているはずである。いや、理解している。
私とK氏は受話器越しに会話をしながら、それが悪い話ではないことを何となく感じとっていた。

 

約束の時間通りA社のオフィスへやってきたY銀行の担当者は、A社長と財務担当K氏、そして、私の前で驚くべき提案をもちかけてきた。

 

「債務を一本化しましょう。その上で、御社の債務は正常化します」

 

その言葉に、A社長とK氏、私の三人の時間が一瞬停止した。
我に返ると、驚きで固まった顔をした社長がいた。
その表情に、やがて長年の夢が叶ったかのような喜びの笑みが浮かんできた。

債務の一本化による元金返済の圧縮。そして正常化。
それこそが、社長が金融機関に対して望んでやまないことだったのだから。

Y銀行は、まさに、そんな社長の思いをくみ取った提案をしてきたのだ。

「本当にそんなことができるんですか?」

「はい。保証協会と金融機関の連携による保証支援制度を利用します」

 

文字通り、保証協会と金融機関が連携して支援をする制度だが、保証付き融資に対して、金融機関はその6割以上のプロパー融資を同時実行しなければならず、しかも、保証期間は15年以内、返済期間は保証付融資とプロパー融資は同一でなければならない。最長15年の返済期間として、プロパー融資でその返済期間の稟議は、なかなか通りにくいというのが現状だ。

 

「稟議も回っておりませんので、できると断言はできません。

しかし、今の当行には支援できる体制が整っております」

Y銀行には、勝算があるという。

「とても心強い提案ではあります。しかし・・・」

喜びの気持ちをあらわにする一方で、A社長は少し言いよどんだ。

今の経営状況が続くなら、長期に渡る返済計画の履行も可能であろう。しかし、15年先ともなれば、何がおきるかわからない。また、債務の一本化による一行取引のリスク懸念もある。

そして、何よりもX銀行への筋を通さねばならない。自社に対する支援の意識が低いとは言え、手荒な真似をして喧嘩別れをするつもりはない。

「少し時間をいただけませんか」

経営判断を迫られているのはわかっていたが、即答は避けた。

思いつく限りの懸念材料を、自分の中で如何に消化できるかが勝負なのも。

 

最終的に回答するまでに10日ほどの時間を要した。
X銀行にも同じ土俵に立ってもらおうと、何か提案はないかと持ちかけていたからだ。
だが、返事をしますと言った期限を過ぎても、X銀行の担当者からは連絡がなかった。

5日、一週間と時間が過ぎる。しびれを切らした財務担当のK氏が連絡を入れた。

「すいません。今、検討していますので・・・」

それが、X銀行からの回答だった。

 

最終的にA社はY銀行の提案を採択した。
プロパー融資の稟議についても、行内が一体となって検討した結果、無事に決裁が出た。
しかし、穏やかでなかったのはX銀行だった。

 

「今後も条件変更には応じます。

金利の見直しもさせていただきますので、どうか、どうか、取り引きの継続を!」

支店長以下、担当者、その上役が平に平にと頭を下げる。
そして、この期に及んで一行取り引きのリスクについて説きはじめた。

しかしA社長の決心は揺らぐことはなかった。

「それも承知した上での結論です。我が社にとって、より良い選択である方を採っただけです」

そして、最後にこう言い添えた。

「これで、御行との取り引きが終わった訳ではありませんから」

 

そう、いつかまた支援をお願いする日が来るかもしれないのだ。その時はこちらが頭を下げる番だ。

しかし、X銀行は快く応じてくれるとも限らない。

今のA社がやるべきことは、その場面になったとき、堂々と支援をお願いできるだけの業績を築き上げることなのだ。悔しい思いをしないために。

 

借りないに越したことはないけれども。

 

数カ月後。
A社に傘を差し出そうとする新たな人がやってきた。
取引のない、とある地方銀行が新規営業にやってきたのだった。
銀行が新規セールスに来るなど、A社にとっては今までになかったことである。

 

(了)

 
注:このエピソードに登場する連携支援保証制度は実在する制度ですが、一地方の保証協会独自の保証制度であり、全国の保証協会で実施されているものではありません。
  
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