200511012288e5b6.jpgなにしろ、文章がいい。
ミステリーに分類される本書だが、読後の充実感はひとしおで、生きててよかったとすら感じる。
主人公は、19歳のかわいらしい女学生。そして、探偵役には落語家。
この主人公の感受性が、しみじみとリアルに伝わってくる。
丁寧に書き上げられている日常、そして、ことば。
ひとつひとつの風景の描写が、色彩や空気さえも感じさせるくらいにいい。
さらに、それを感じさせるくらい読み込ませるのは、実は「事件」に関する伏線が、どこかにあるのかもという部分で、とりこぼさず、見落とさずと読み込んでいるのかもしれないなあ、いや実はこれも作者の戦略なのかなあ、それにしては見事である。
――と、文章もおかしくなってくるくらい、いい。

この本には、表題をふくめて3作品が収録されている。
「朧夜の底」
「六月の花嫁」
「夜の蝉」
いちおう、ミステリーである。謎解きである。
謎もよく練られている。で、謎解きも見事である。
落語家の円紫さんや、その他の登場人物たちのキャラも、実に洗練されている。
まあ、読め、味わえ、としか言えない。

で、以下は「六月の花嫁」の一場面。
いいな、いいな、と思って引用するうちに、長ーい引用になってしまった。


建物の裏に抜けて、そこから続く雑木林の中の道ともいえない道を、落ち葉を踏みながら進んだ。歩みと共に足元でひそやかな音がする。
白樺の固まって生えているところを抜けると、いきなり視界が開け、広い広い薄(ススキ)の原にでた。ほの白い穂が夢の中の一場面のように、遠くまで揺れていた。その先には落葉松の林が見え、どっしりと安定感のある山が見えた。
山は浅間に違いない。
山頂の辺りに、綿菓子をちぎって貼り付けたような小さな雲がかかっていた。私は栗色のジャケットの腕を組み、タックパンツの細い足をぴたりと揃えて、しばらく眼前に広がる大きな風景を眺めていた。
頬くすぐって風が渡った。薄が揺れ、林が葉を鳴らす。
日は急ぎ足でなだらかな山の稜線のかげに沈み、夕闇が降りて来る。そして、山の向こうだけが、まるで神様のいる別世界のように明るく輝いた。
空気は落日と共に、いっそう冷え冷えと私の体を包む。
葡萄色をしだいに濃くする浅間がちょこんと被った雲の帽子は、おしゃれな薄紅の色に変わっていった。

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