ホリエモン収監記念、ということで。
彼がスポンサーを務める「なつのロケット団」のネタ本ともいえる小説です。

ロケットの打ち上げというと、国家規模のプロジェクトで、予算も膨大で、民間には手が出ない。
しかし、本当にそうなのだろうか?
技術的に1970年代で停まってしまっているロケットというのは、もっと安く、手軽に打ち上げられるものではないのか?
説得力あります。パソコンのことを考えるだけで、このことはうなずけます。実際、スペースシャトルに使われていたコンピュータは、現在のプレステよりも、はるかに低性能です。
つまり、当時は数億円かかったようなものでも、今では数万円で手に入る、とういこと。

ならば、なぜ「民間で宇宙旅行」ができないのか?
それは、政府と民間の、予算取りに対する大きなギャップ。
そして「軍事も利用できる」というロケット開発の宿命ともいえる問題です。
本書はその辺の問題点をからめて、ややミステリ仕立てにして、物語は展開していきます。

数億円あれば、ロケットは打ち上げられる。そして、火星にだって、有人飛行できるはず。
数億円――民間、個人としては大金で、国家としては安い金額。
ならば、この金額ラインでロケットを打ち上げることができれば、十分商売になるではないか。
ホリエモンが、あちらこちらで語っていたエッセンスが、ここにあります。

物語は、高校の同期たちが大人になり、また集まってロケットを打ち上げる、という展開。
それぞれ天才技術者、やり手の商社マン、ミリオンセラーの歌手、新聞記者、という風に、ちょっとリアリティに欠けますが、それはご愛嬌。
とにかくロケットに対しての、主人公をはじめとした人物たちの、真摯な気持ちが凝縮していく。
クライマックスのローンチ(打ち上げ)のシーンでは、涙ぐみながら読んでいる自分を見つけるはず。

――ぼくたちのロケットがいま本当に飛び立つんだ!
その瞬間、管制所のトタンの屋根が爆風で吹き飛ばされた。ぼくはなにかが生まれだすときのエネルギーを感じて、叫び出したい衝動に駆られた。

どうですか、このイノセンス。現実にあきらめない、若さのきらめき。
全体に小難しくてこなれてない文章なので、適度に流して読むのも必要ですが、夢中になれる一冊です。

僕らの世代。それは、ジジイ達が好き勝手やったおかげで、夢が停まってしまっているんだ。
ホリエモン、はやく出ておいで。
そしてまた、夢をはじめよう。

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