なんという、いとおしい小説だろう。
小さな命、生きる暗闇、死に向かうことのおだやかさ。
三部構成で約200ページ、それぞれが短編として完結しているが、そこに20年という月日が流れる。

――何度も何度も、執拗に猫を捨てに行く女。
生きようともがく子猫と、流産でいのちを喪失した女との邂逅。
妻の情感と色香が、夫婦の深いかなしみの中に漂う。
生き続けていくということは、なんとかなしいことなんだろう。

――成長することへの不安、世界を憎む少年。
もてあます性欲、生きるものに対する敵意と嫌悪。
不安定な心をかかえたまま、少年は瀕死の子猫を看病する。

――老いた猫と老人、そして死。
やがて妻も死んで、すべてが移ろった空間で、猫の最期を看取る老人。
その、つきぬけた孤独感。

一人になってみると、それは何というべきか、この上もなく一人で、信枝の姿がないのはいたしかたないにしても、二人で育み続けた見えない赤ん坊の気配までもが、もう空気の中に感じられなくなっていて、がらんとした家の中に、猫一匹がうずくまっているばかりなのだった。

静かに流れる物語。平易な言葉で紡ぎだされた物語。
そこに、はかなくもちから強い生命が描きだされる。
一匹の、猫がいる。
奇跡のような小説だ。

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