shoginoko.jpg「羽生名人」といえば、誰でも知っている、将棋の天才。高い年収、社会的地位、マスコミは飛びつき、女子アナなんかと結婚しちゃったり、きらびやかな世界。実際、棋士たちの奔放な生活ぶりは、なにかと有名ですね。
でもそれは、厳しい生存競争を勝ち抜き、さらに強者がしのぎを削る世界で栄冠を勝ち取った、エリートの報酬です。
将棋のプロとしてやっていくには、奨励会というところに入って、リーグ戦で勝ちあがらなくてはいけません。で、それには年齢制限がある。21歳の誕生日までに初段、26歳の誕生日までに4段。そこまで昇級しない場合は、退会という規則です。年齢制限というのは、将棋の世界での死を意味します。
将棋の子供たちは、そんな世界で青春を送り、ほんの一握りの人だけが、輝かしい将棋会という夢の中で、生きていけるのです。

主人公は、札幌出身の成田君。小学5年生で、地元では敵なしの天才少年。その輝き。彼を全面でサポートする家族。17歳に東京にでて奨励会入門。プロ入り。そして22歳で2段。序盤無視、終盤の一発狙いで勝ちをとる将棋は、奨励会でも語り草になる。やがて、ピタリと足が止まり、勝てなくなる。父の死、母の闘病。現実のプレッシャーと、将棋を失うことへの恐怖。
「ただ、深い傷を負い、疲れ果てた老人のような奨励会員の姿があった。
成田をあやつっていた糸はいったいどこへ消えてしまったのだろう、と私は思った。目に見えない何ものかに動かされているとしか思えない、成田のあの人間を超越しているような輝きはどこにいってしまったのだろう。」
夢に生き、夢と戦い、敗れた少年には「年齢制限」という現実が待っている。それでも、夢は続くのか――。
「皆、元気にやっているのだろうか。敗北感や挫折とうまく折り合うことができたのだろうか。目の前に広がるこの暗く果てしない海のような挫折の海を泳ぎきり、向こう岸で幸せに暮らしているのだろうか。
夢を続けているのだろうか。」

デビュー作「聖の青春」でもそうでしたが、非常にやさしい視点、やわらかい文章で綴られています(文章は、あまり上手でない気もしますが)。厳しい勝負と、そして生活のはざまに見る、一瞬の人間の本質。それをやわらかく掘り下げていく文章です。主人公と彼のお母さんとの描写で、2回ほど泣きました。

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