夜にまぎれて
街を歩いてゆく
風のぬくもりに
さからって
佐野元春の歌を口ずさみながら、夜の被災地を歩いた。
瓦礫になってしまった家々は片付けられていて、何もない更地になっていて、遠くまで見渡すことができる。
夜である。
街灯はそこかしこ復活しているが、暗い。
まるで、田舎の田んぼ道を歩いているようだ。
四月も、終わる。
まだ冷たい夜の中に、暖かい風が交じる。
幽霊がでるには、いい頃合だ。
僕はおっちゃん達と酒を飲み、ほろ酔いだった。
彼らとの会話を思い出す。
おばちゃんたちの冗談と、笑ってるのを思い出す。
地平線まで見通せる町並み。
また人々は、町をつくろうとしている。
立ち直り、邪魔になった瓦礫を片付け、またつくるのだ。
足を止めて、ぐるりと見廻す。
見事なまでに、なにもない。
足元には、お花が供えてあった。
ここで、死者がでた。
足元には、おもちゃが供えてあった。
ここで、子供が死んだ。
どれだけの人が亡くなってしまったのだろう。
すべてが取り払われた更地には、いくつもの魂が眠っているのだろう。
それでも、生き残ったもの達は、その魂をなぐさめてはまた、生活をはじめていく。
更地には家が建つ。
死んでしまったものの魂の上に、土がかけられ、ならされ、また家が建っていく。
次々と、建てられていく。
ふと空海の言葉が浮かんだ
生まれ 生まれ 生まれて
生のはじめに暗く
死に 死に 死にて
生のおわりに冥し(くらし)
いのちは、死ぬために生まれる。
では、いのちは、死ぬために生きるのだろうか。
どこまでも愚かで、永遠の安らぎなど、得られるはずのない、いのち。
それは悲しいことだ。
生きてるのは、苦しいことだ。
生きていることが苦痛であるならば、何故、生まれてくるのだ?
どうしようもなく、生まれる。
いくら死んでも、生まれてくる。
たとえ、どんなにつらくて、希望のない未来が待っていようと、生まれてくる。
それが、いのちの、ちからだ。
生のはじめ、生のおわり、どちらもくらい。
無限に生まれてきて、全部死ぬ。そしてそこに、力がある。
涙がこぼれた。
「わしらだけ、生き残ってもうて、すまんこっちゃなあ」
誰かの言葉。
たくさんの死と、悲しみ。
それでも、生まれ、つくっていかなくてはならない。
それがきっと、人間の業なのだ。
どうしようもなく、前へ進めと、指し示し、押すちから。
これはすごいぞ。
すごいことだ。
いのちの力は、決して消えることはない。
「劫」を過ぎても。
コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

Copyright(c) 2024 FARM Consulting Group All Rights Reserved.